武奧増補行程記12-6を現代に見る(27-31)
- 2025.11.18
- 歴史
もうすぐ白石。ようやく行程記も12/5、12/6も終了します。見落としも結構あったと思います。反省。反省。
田村神社から齊川宿に入ります
齊川宿 (6-27)
齊川宿

齊川宿検断屋敷跡

検断屋敷跡の西に義経山大義寺があります。絵図は義経山大源寺とあり書き間違いか?
赤館(6-28)
赤館

絵図中央赤館の近くにある道祖神社

是より戸沢新街道 戸沢新街道は齊川宿より戸沢宿を通って七ヶ宿経由で米沢、山形方面に向かう奥羽街道街道の脇筋です。藤田から抜ける街道がメイン街道です
絵図右上山頂に八幡社あり道祖神反対側と山の上だったので見落としてしまいました。
大平館(白石城入口 6-29)
太平館は藤原泰衡の館跡と言われます

太平神社


太平館跡

太平館 泰平神社の由来
白石城下(白石宿 6-30)

白石城

この城には大手一ノ御門、大手二ノ御門、二ノ丸大手二の門跡と三つの大手門があります

伊達家臣 片倉小十郎の居城です
専念寺

永明寺(延命寺)

安珍清姫
延命寺には行程記12-5-4に記載した白河郊外の安珍堂がここ白河でつながっているのは何かの因果でしょうか

安珍の身代わり地蔵?

悲しいお話です。それにしても女性の恨みは恐ろしいですね
白石川(6-31)

古歌 陸奥の阿武隈川の 貴方なる 人忘れしの 山は険しき
『夫木抄』巻第二十 読人不知 人忘れずの山 の≪陸奥のあぶくま川のこなたにぞ 人忘れずの
山はさかしき≫の本歌取りか?
児捨て川(6-32)

白石地方の白鳥伝説について
遠い昔から、この地のひとびとは、白鳥を神として祀り、祈りや願いを込めていた。そうした思いが、いくつかの伝説となった。 伝説1:日本武尊は、宮の地に王子を残して帰京されたが、村人は王子の偉貌とその能力を恐れ川に捨て たが、王子は白鳥と化し、村々に災いをもたらした。村人はそれを悔いて、白鳥を神として祀ったという。(刈田領神社縁起) 伝説2:武尊は、姫と王子を残して帰京された。姫は尊を慕い「白鳥となって都に飛んでいく」と、王子と共に川に身を投げ、二羽の白鳥となったという。(白石市史) 伝説3:用明天皇の若き日 皇子と玉依姫は都への途中、王子を出産。姫は長旅を想い別離 悲しみのあまり、王子と共に川に身を投げ白鳥に化したと 伝える。地方の人は この川を児捨川と命名した。これらの伝説は、今も忘れがたく伝えられている。 平成14年3月 白石市HP から
一本松の追分
児捨て川を渡ると追分がありました

追分にある深谷地蔵堂


色んなお地蔵さんがあるんですね。時間があれば訪れてみたいものです
児捨て川の白鳥伝説
児捨て川

武奧増補行程記の12-5と12-6を走破しました。これからも街道筋の歴史を掘り返してる来たいと思います。
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