安積山麓さんぽ 安積の歌

安積山麓さんぽ   安積の歌

安積の歌

歌枕

福島県の中央部にある郡山市周辺は安積「あさか」と呼ばれ、万葉の時代から歌に詠まれた歴史ある地名です。古代より 阿尺と言われ沢山の歌に詠まれていました。
一般的に地名の多くは古い時代の和歌に由来するものや地方豪族の名前が多いようです。安積の由来と聞くと安積親王を 連想しますが、安積は比止禰命という人物が任命されて、郡山に阿尺国造が置かれたというのが由来と言われています。
  • 郡山の西にあさぎ色に見える安積山(額取山)

うねめと安積山の歌

とくに有名なものは「安積山 影さえ見ゆる 山の井の 浅き心を 吾が思わなくに」(万葉集 巻16 3807)郡山の夏のお祭り「うねめ祭り」主人公の元采女の作だそうです。以前から[安積山の歌]の起源はいろいろと取りざたされていますが、2008年 滋賀県の信楽で見つかった木簡に「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花」(古今和歌集)と「安積山・・」が裏表に書かれており、紀貫之がこの2首は和歌の父母と形容していたことを裏付ける大発見でした。采女が詠んだ句碑は市内至る所にあり、句碑由来の地は郡山市片平町 山ノ井公園と日和田町安積山公園にあります。

片平の安積山

  • 郡山から逢瀬公園の途中  王宮伊豆神社看板を右折

    途中にある采女(春姫)姿見の池
  • 山の井公園を入るとすぐに春姫の塚と万葉集の歌(安積山の歌が万葉かなで書かれています)
片平にある山ノ井公園には采女神社があり、采女が入水自殺したといわれる山ノ井の泉もあります。しかしこの地から安積山は近すぎて影さえも見えません。采女祭りの初代ミス采女に選ばれたのは高校時代の友人の姉さんだった事を思い出しました。

日和田の安積山

  • 日和田旧奥州街道沿いにある安積山句碑

芭蕉と安積山

日和田の安積山公園は山よりは丘という感じで、山ノ井の泉は箱庭のような池です、ここでの入水自殺は難しいのでは?  この地を有名にしたのは、 松尾芭蕉が曽良と共にみちのくを旅した時に立ち寄った様子が、「奥の細道」に記載されたことで有名になったようです。たしか万葉集で山ノ井の地名がいつの間にか安積沼という歌枕が広がり,    芭蕉も安積沼に咲くと聞く「花かつみ」を求めて日和田の安積山へと足を向かわせたのではないかと考えられます。
2019年9月の新聞に、田村神社から阿武隈川を渡り郡山で宿泊した一行の手記で。「宿ムサカリシ」ってなによって!ヽ(`Д´)ノ!と長年恨めしく思われている方々に朗報がありました。 郡山の安積国造神社の宮司安藤智重さんが古文書を解読し「安積山かたびらほして通りけり」が新聞紙面を飾ったときはやった!と思いました。芭蕉は「おくの細道に」今回見つかった17文字をなんで書き込んでくれなかったのかな?と悔しがっています。この句の手本になったものは戦国時代の連歌師 猪苗代兼載(猪苗代湖小平浜出自 39歳の若さで京都北野連歌会奉行)が詠んだ「安積山片平越えて来てみれば初ホトトギスおとずれぞする」だと思われます。片平にかかる かたびらどき「浅葱色」5月の新緑が芽吹く前の山の様子、青緑がかった片平の安積山を見て芭蕉も遠く片平を思い詠んだのかな?
芭蕉の「紫陽花やかたびら時の薄浅葱」の句から薄浅葱色=帷子=片平=初夏をどうしても連想されます。

しかし芭蕉はあえて薄紫の花かつみを目指したのでした。

丈が15cmの可憐な花です 芭蕉が「かつみ!かつみ!」と探すのもわかる-!
日和田の安積山には5月になると地元の人たちが丹精込めて育てた花かつみが沢山咲きます。

安積山・安積沼の和歌

万葉から歌われた安積山・沼を集めてみました。沢山の歌人が陸奥の片田舎の山や沼に思いを寄せていたのはなぜ?   地方創生の掛け声で「ゆるキャラ」を作る役人さんにはこれらの歌は届かないのでしょうか?安積を歌枕にした和歌をまとめてみました。

安積山 

  1. 「八雲立つ道は深きを安積山浅くも人の思ひけるかな」     続古今集  藤原基家
  2. 「敷島の道の奥なる安積山浅き心をいかでしらまし」      新千載集  僧正栄海
  3. 「いにしえの神とはしらじ安積山見えし山の井影にしあらねば」 新勅撰旅  連生法師
  4. 安積山かけする雲の風をいたみ尊ぶ心おおやま神はもたらし」    続後拾遺  光考天皇
  5. 「末遠き安積の山の峰にする松には風も時はなるらん」        夫木抄   後九条内大臣
  6. 「あさましや安積の山の桜花かすみに込めて見えずもあるかも」 夫木抄   曾禰好忠
  7. 「いかなれば安積の山のあやにくに紅深くも紅葉しぬらん」   仁和寺歌合  常陸丸
  8. 安積山浅くは人を思わぬにふるは山の井影もうつらん」      源氏落葉   為氏
  9. 「小夜中よ奥もへは来るし陸奥の安積の里に旅寝してけり」   堀川百首  作者不明
  10. 安積山露の谷し深ければ我との思いのはずる世もなし」    六帖   深養父
  11. 安積山さもあからぬ顔をみて逢瀬にいさむ駒の足並み」      弐百首   頼家
  12. 「五月雨に安積の山の花かつみかつみるままに隠れ行く水」     千載集   藤原顕仲朝臣
安積沼
  1. 「月宿る安積の沼の水清み夜も袂のなびくをぞみる」      家集    壬生忠見
  2. 「花かつみ勝みる谷もあるものを安積の沼に水やたえなん」     狭衣    飛鳥井君
  3. 「年ふとも思う心し深ければ安積の沼に水は絶えせじ」       狭衣
  4. 「五月雨のひまなき心は水まさり安積の沼の名にやたつらん」    堀川百首  紀伊
  5. 「花まくら夢も絶えぬる陸奥の安積の沼の鴨の羽風に」          夫木抄   読み人知らず
  6. 「君が為付けし駒は陸奥の安積の沼に荒れて見えしも」       良玉    能因法師
  7. 「音に聞く安積の沼のあさぼらけ絶えぬ煙は君のみなりけり」       家集    元真
  8. 「陸奥の安積の沼の花かつみかつみる人に恋や渡らん」     古今集   読み人知らず
  9. 「五月雨に見えし小笹の原もなし安積の沼のここちのみして」  続古今集  範永朝臣
  10. 「契をば安積の沼と思えばやかつ見ながらもも袖のぬるらん」  続古今集 恋 今上御製
  11. 「刈て干す安積の沼の草のうえにかつみたるるは蛍なりけり」  続千載集 夏 為氏
  12. 「花かつみかつみてもなお頼まれず安積の沼の浅き心は」    続古今集 恋 権中納言公雄
  13. 「花かつみかつみて絶えず鳴く鳥の安積の沼に見なれそめけん」 夫木抄 雑 兵衛内侍
  14. 「笹わけし安積の沼の花かつみ夢のあきることなき」      夫木抄 雑 後鳥羽院
  15. 「花かつみかつ乱れ行く夢風に露や安積の沼にかようらん」   夫木抄 雑 信実朝臣
  16. 「あさからん安積の沼の花かつみかつみる色にいてにけるかな」 健保百首 恋 定衛
  17. 「契こそ安積の沼の花かつみかつみる色に霧こそふるる」    健保百首 恋 俊成卿女
  18. 「辛きをも浮世も知らぬ心かな安積の沼のかつみなからに」   健保百首 恋 忠定
  19. 「志しさこそ安積の沼に生るかつみるほどは忘れしもせし」   健保百首 恋 知家
  20. 「人こころ安積の沼のかつみても明かぬや深き思いなるらん」  健保百首 恋 範宗
  21. 「いかにせん安積の沼の花かつみ手の温るは袖のならいなりけり」  〃  恋 行家
  22. 「花かつみかつみる人の心こそ安積の沼となるぞ悲しき」    続後拾遺 恋 源信時朝臣
  23. 「人こころ安積の沼の薄氷かつみながらに消えやはてなん」   名所百首   順徳院
  24. 「春駒は安積の沼にあさりしてかつみの下葉踏みしだくなり」  家集    源俊頼朝臣
  25. 「いかにせん安積ののあさましやかつみる人に合わぬ心は」  永久百首   大進
  26. 「みちのくの安積の沼の花かつみかつみる人の恋しきやなそ」  袖中抄    顕昭法師
  27. 「五月雨に安積の沼の花かつみかつみるままに隠れゆくかな」  千載集   藤原顕仲朝臣
  28. 「夏はまだ安積の沼の花かつみかつみる花に遷る旅かな」    散木集   源俊頼朝臣
  29. 「あやめ草引く手も遠き長き寝のいかで安積の沼に追いけん」  金葉集  夏 藤原孝善
  30. 「うし津らし安積の沼の草の名に刈にも深きえには結びて」   続古今集 恋 権中納言定家
  31. 「契の身安積の沼のあやめ草深き恨みにねこそなかるれ」    新古今集 恋 賀茂遠久
  32. 「いかにせん安積の沼に合うと聞く草葉を付けて落る涙を」   名所百首   権中納言定家
  33. 「根を深く我こそ思え人心安積の沼の春の若草」        名所百首   正二位家隆
  34. 「あやめ草安積の沼に風吹けば土地の里人袖薫るなり」     名所百首   正二位家隆
  35. 「あやめ草安積の沼に交じりてもかつみにしるき夏虫の影    名所百首   氏部孝家卿
  36. 「苦しさに何もとむらんあやめ草安積の沼に逢うとこそ聞け」  左近歌集   小大君
  37. 「尋ね来し安積の沼のかきつばた色ばかりこそ深く見えけれ」  拾玉集    大僧正慈鎮
  38. 「あやめ引くしつか管笠ならすめり安積の沼の雨の夕暮れ」   拾玉集    大僧正慈鎮

本多広海 編集「安積名所和歌集抜粋」

安積山と安積沼の対決は安積沼に軍配が上がりました。これだけ大人数で歌われると芭蕉も安積沼に引き込まれましたね。今の歌謡界でも○○48や△△46が大人数で熱烈なフアンの心をグッとつかんでいます。
上記に記載していませんが「花かつみ」や「山の井」の歌も多く、安積の土地には当時の歌人の心を引き寄せる力があったようです。「いにしえの歌人や芭蕉が憧れる土地 デスカバリー安積 」のキャンペーンを○通さんとか△△堂さんにお願いして、観光プロモーションすれば観光収入が・・・・
余談はさておき、この地方は他にも「岩井の清水」や「阿武隈川」の歌も数多く歌われています。

安積沼はどこ?

さて安積沼はどこにあるんだろう?最近の通説は日和田の八丁目付近から安積野バイパス北の終点ジャスコ付近にかけてあったと推定。藤田川流域が阿武隈川の遊水地となって安積沼と呼ばれていたと思われます。日和田宮下地区は室町末期の板碑も沢山見られる為この地区が、安積沼の西の集落と想定。安積沼は相当大きいスケールであったと考えられます。
しかしこの広大な安積沼も江戸時代にはほとんどが水田にされて現在は地形から推測することしかできません。

安積山登山

安積山は標高1009mの山で、額取山とも呼ばれ八幡太郎義家が元服で前髪を剃ったことに由来する。今回は河内の夏出の滝登り口から登ってみました。
  • 滝登り口 駐車場は登り口手前に4台、先に10台程度です
  • 滝にある弘法清水 安積山までは水場はないのでここが給水ポイントです
滝口から登り始めてしばらく急登を上ると、熱海からの登山道との分岐点につ着きます。山頂はまだまだ先ですが、上り坂は少し楽になります。ピークを過ぎて笹藪漕ぎを通るともうすぐ頂上です。
山頂の眺めは抜群です郡山市街地、須賀川市街地と本宮まで北方向と西方向は霊峰が同じ目線で並んで見えます。
右安達太良山(和尚山の左にちょこんと安達太良山頂が見えます)左は吾妻山
磐梯山の秀峰がすぐそこに
磐梯山の後ろに飯豊連峰がかすかに見えます。猪苗代湖も上戸の左に確認
2時間程度の登山ですが登り口がきつく次は御霊櫃からの登山を考えています。

御霊櫃

安積山の南にある大将旗山を下ると御霊櫃峠があります。前九年の役(1051~1062)に源義家の家臣、鎌倉権五郎景政が戦勝と五穀豊穣を祈願したと言われています。しかし有名なのは幕末の戊辰戦争で激戦地となった地です。
御霊櫃山の右側が峠です
峠から見る郡山市街地

 

西に猪苗代湖 昔「野麦峠」の映画ロケで諏訪湖として峠から紹介されました

三森峠

郡山湖南線は現在トンネルで猪苗代まで最短距離で通れるようになりました。昭和40年代の三森峠は上り詰めた所に三森隧道があり、隧道上には隧道開削時に発掘された古代の竪穴式住居が再現されていましたが、現在 旧道は通行止めになっていて車での通行はできなくなっています。三森峠~大将旗山~安積山の縦走の起点でしたが、旧道の途中は道路の崩壊や倒木で徒歩でしか行くことはできません。古代村があったことも今は昔のはなしです。

三森ふもとの浄土松公園

三森峠の手前には少年自然の家や青少年会館がありスポーツや研修機関が沢山あります。少年自然の家の西側には昔から 浄土松公園の「キノコ岩」が有名で 久しぶりに見に行きました。東日本の震災で一部破損していましたが昔より小さくなった気がしますが健在でした。
公園の駐車場から5分ほどでキノコ岩に到着。中央の岩が少し崩れたようです
今は立ち入り禁止です。少年時代に岩登りして遊んだ記憶があります。
安積山は見る場所によっては双耳峰で郡山から見える安達太良山と形が似ているので、なじみの深い山です。郡山から見える山では安達太良、磐梯山、安積山、それに郡山より見ると富士山に見える片曾根山(三春富士)が近親感が持てる山です。
個人的には宇津峰山は単独峰できれいな山と感じています。

低い山も尋ねてみれば色々面白いところが見つかります、今後も近隣の山・里を探索します。